次回研究会のお知らせ

シンポジウム「子どもの本のいま―感動物語・貧困・家族」

日時:2019年12月1日(日)13:00〜18:00 

会場:上智大学四谷キャンパス 10号館3階301号室 

https://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/accessguide/access_yotsuya.html

主催:イメージ&ジェンダー研究会、共催:上智大学比較文化研究所

○概要

物語が自我や主体の形成に深く影響を及ぼすことはよく知られています。『日本児童文学』では2019年7-8月号で特集「感動物語の罠」を組み、「物語の巧妙なしかけ」と「この時代を真に主体的に生きるための手掛かり」を提示して、大きな反響を呼びました。この問題提起を受け、絵本や文学の研究、また、保育者や司書の教育に携わる立場から、シンポジウムを開催いたします。

「母の死」を軽妙に描いて大ヒットした絵本を議論のアリーナとし、絵本における母子像と父親の不在、感傷的な表象と女性への暴力の相補性、教育装置としての絵本、「読み聞かせ」の功罪、ベストセラー現象の形成と受容の実態、教育格差や関係性の貧困、図書館の使命と可能性などのトピックについて、各登壇者による提題を行うとともに、絵本・児童書をめぐる表象とジェンダーの政治、またその背景としての大文字の政治について考えたいと思います。

○プログラム

13:00~13:05  開会あいさつ(司会・吉良智子)

13:05~13:15  趣旨説明(藤木直実)

13:15~13:25  『日本児童文学』特集「感動物語の罠」について(編集部・野澤朋子)

13:25~13:55  のぶみ作品「読み聞かせ」実演(井上和美、田中秀行)

13:55~14:45 報告1「SNS時代のベストセラー現象とジェンダー」(藤木直実)

(休憩15分)

15:00~15:50 報告2「「感動物語」の彼方へ―新自由主義時代の教育と図書館の使命」(神保和子)

15:50~16:40  報告3「絵本から考える近現代家族とジェンダー」(宮下美砂子)

(休憩15分)

16:55~17:25 コメント(中西恭子)

17:25~18:00 ディスカッション(登壇者+コメンテーター+会場)

○コメンテーター

中西恭子(東京大学大学院人文社会研究科研究員、津田塾大学ほか非常勤講師、宗教学宗教史学、古代宗教・初期キリスト教表象の受容史、詩と文芸評論)

○司会

吉良智子(日本学術振興会特別研究員−RPD、近代日本美術史、ジェンダー史・女性史)

*研究会終了後に懇親会を予定しています。どうぞお気軽にご参加ください。 

○各論概要

報告1「SNS時代のベストセラー現象とジェンダー」

藤木直実(日本女子大学ほか非常勤講師、日本近代文学)

のぶみ『ママがおばけになっちゃった!』(2015)は、発売からわずか1年ほどで40万部を、2019年4月時点までにシリーズ累計59万部を売り上げ、絵本としては「異例のヒット」を記録した。そのヒット現象の形成には、作品そのものに由来する動因に加えて、メディア戦略的な動因、とりわけ作家本人による「読み聞かせ」パフォーマンスの戦略性を指摘することができる。そのプロットには、軽薄な「死」の描写、国策童話に類似する要素、いわゆる「スピ」「オカルト」的な要素、さらにはインセストの徴候が認められるが、それらは本作を貫流する感傷性によって隠蔽され、描かれた母子癒着への退行的欲望は、ワンオペ育児に奮闘する孤独な母親たちに支持されたとみなされる。ヒット現象に伏在する制度的要因として、道徳教育を肩代わりしている日本の国語教育において、「感傷的な詠嘆」を媒介とする「全体主義」が戦前戦後を跨いで連続していること、教育への公的資金配分が乏しい現況にあって、低コストの教育実践としての「読み聞かせ」に母親たちのやりがいが搾取され動員されていることを重く見なければならない。以上を議論の導入とし、全体主義に抵抗する「声」を浮上させる試みとして、アーサー・ビナードの脚本による紙芝居『ちっちゃい こえ』(2019)、および、梨木香歩『僕は、そして僕たちはどう生きるか』(初出2007.4〜2009.11)を取り上げて、分析・検討を行う。

報告2「「感動物語」の彼方へ―新自由主義時代の教育と図書館の使命」

神保和子(子どもの本の家ちゅうりっぷ主宰、司書、幼児教育学)

のぶみ『ママがおばけになっちゃった』(講談社、2015)は、物語の冒頭でいきなり子どもに母の死を突き付ける。対象年齢は「3歳から」とされているが、その年代の子どもは「死」をどのように受け止めるのか、まずは死生観の発達の観点からこの作品の考察を試みたい。健全な死生観を獲得するためには、命の有限性を理解する時期までに、愛されているという安心感や自己肯定感が確立している必要がある。子どもたちに母の死への不安感や恐怖心を植え付けるこの作品は、親との愛着・アタッチメント形成期に摂取した場合には母子分離不安を招く可能性が高く、死生観の形成を阻害する危険性をはらんでいる。他方、絵本研究を専門にする人たちからは「論ずるに値しない」「いずれ淘汰される」とされながらも、この絵本がここまで多くの人に読まれたのはどうしてなのかを探る必要がある。暴走族総長だったという捏造した過去をひっさげ、「泣ける」「感動する」物語だとSNSで発信する著者に呼応する購買層は誰だったのか。それを知るために、新自由主義的な教育改革の流れを辿りながら分析を試みる。自己責任論で片付けられる格差社会と、教育改革の一端である道徳の教科化について触れ、安易な感動物語の裏側にある、男尊女卑的な思想、臣民は国のために命を捧げるべきとした帝国主義的な思想への危惧を明らかにする必要があるだろう。その上で、子どもに本を手渡す役割を担う図書館、とくに学校図書館が民主主義の柱であることの意義を明確にしたい。

報告3「絵本から考える近現代家族とジェンダー」 

宮下美砂子(小田原短期大学特任講師、日本近現代絵本)

2015年に刊行された『ママがおばけになっちゃった』(のぶみ作、講談社)は、「全国学校図書館協議会選定図書」にも指定されるなど、シリーズ三作品を通して話題作となった。高い支持を集めた一方で、多くの異論・反論を巻き起こした絵本でもある。本発表では、シリーズ全体に徹底して貫かれる「父親の不在」を問題点として取り上げ、絵本を通して示される家族のあり方を歴史的に再考する。絵本に登場する家族は、時代ごとの規範を典型的に反映した姿で描かれてきた。戦前の絵雑誌に遡ると、近代国民国家の形成に不可欠な要素であった性別役割分業を定着させ、次世代へと継承するための家族像が表象された。戦後は、現実レベルでより広く浸透した「父=仕事/母=家事・育児」という役割分担と核家族化を背景に、固定化した家族モデルが絵本のなかに量産された。それらは、高度成長期にかけての爆発的な絵本の普及により、多くの一般家庭で受容された。また、これらの表象には、男性優位の制作の場で作られ、女性による「読み聞かせ」を介して子どもたちに手渡されてきたという構造上の問題が潜在している。すなわち「生産者=男性/消費者=女性」という社会における伝統的なジェンダー不均衡が、絵本を取り巻く世界全体に反映していると指摘できよう。発表では、今日において「読み聞かせ」を最も日常的に実施している保育者を志望する学生へのアンケート結果も用いつつ、絵本に関るジェンダーの問題を広く議論したい。