次回研究会のお知らせ

2016年度 第1回 イメージ&ジェンダー研究会 開催のお知らせ

日時:6月4日(土曜日)
会場:上智大学(四ツ谷キャンパス)、10号館3階、301号教室

■運営会議:12:00~12:45
*設営・準備
■研究会: 13:00~17:30
*お二人のご報告は1時間程度、コメントと質疑応答を含め、それぞれ2時間を予定しております。
亀井氏のご報告は、15:15頃からといたします。
また、研究会後、懇親会をひらく予定です。別途ご案内を差し上げますので、どうぞご予定ください。

研究報告

(1)ナミコ・クニモト(オハイオ州立大学)
“Katsura Yuki and the Stakes of Exposure”

*発表は英語です。発表要旨(日・英)は、本お知らせの末尾に、クニモト氏のプロフィールと共に掲載しました。
また当日は、英文の原稿を提供いだけるとのことです。
また、ナミコ・クニモト氏のご発表は、上智大学比較文化研究所との共催といたします。

コメンテーター
小勝 禮子 (近現代美術研究、元栃木県立美術館学芸員)

(2)亀井若菜 (滋賀県立大学)
語りだす絵巻─「粉河寺縁起絵巻」「信貴山縁起絵巻」「掃墨物語絵巻」論

コメンテーター
成原 有貴 (青山学院女子短期大学)
鈴木 杜幾子(西洋近代美術史、明治学院大学名誉教授)

■開催にあたって

今回の研究会では、まず前半に、日本近現代美術史がご専門でオハイオ州立大学のナミコ・クニモト氏をお迎えし、桂ゆきに関する最新のご研究について報告をいただきます。
クニモト氏の発表後には、桂ゆきが活動を始めた戦前から戦後の女性画家の展覧会を企画・開催された小勝禮子氏に、コメントをお願いしました。
なお、このセクションは、上智大学比較文化研究所との共催といたします。

また後半では、この度(平成27年度)、芸術選奨評論等部門文部科学大臣賞を受賞された亀井若菜さんに、受賞対象となったご著書、『語り出す絵巻―「粉河寺縁起絵巻」「信貴山縁起絵巻」「掃墨物語絵巻」論』(ブリュッケ、2015年)について、伺う企画です。
ご専門の異なるお二人にコメントをお願いし、時代や地域など研究対象の相違を超え、美術史・表象研究とジェンダー研究の交差する現況、方法論や意義、可能性について皆さまと共に学びあい、一層の発展をめざしての討議の場を拓きたく存じます。

イメージ&ジェンダー研究会会員のみなさまはもちろん、関心を共有する知人、ご友人の皆さまと
お誘いあわせの上、奮ってご参加ください。

■会場案内
上智大学は、四ツ谷駅から徒歩5分。
会場は、10号館3階、301号教室です。図書館前にある6階建ての白いコンクリー
トの建物です。
http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/access/accessguide/access_yotsuya

■お問い合わせ:imagegender@yahoo.co.jp
企画担当:村井則子・池田忍

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発表要旨
“Katsura Yuki and the Stakes of Exposure”

This presentation examines the work of Katsura Yuki (1913-1991), a
Tokyo-based painter and assemblage artist. Katsura enacted political
resistance by representing contentious issues such as self-sacrifice in
times of war, the United States Castle Bravo nuclear test, the
representation of gay lovers, and the status of women in Japan. This
presentation will focus specifically on her paintings from the 1930s-1960s,
as well as her illustrations of the James Baldwin novel, Another Country,
that were featured in the Asahi Journal in the 1960s. Katsura’s body of
work evaded the overdetermined masculine heroics of abstract expressionism
and action art that had taken Japan by storm in the postwar period, forging
an innovative mode of expression that was whimsical and strange in its tone,
but nonetheless bore a potent political thrust.

By experimenting with the visibility and invisibility of the body, I argue
Katsura enacted what Jacques Rancière terms political “dissensus.”
Rancière sees genuine art and politics as those that create new relations
between the visible and the invisible, liberating bodies from their assigned
places and breaking with the ‘natural’ order of the sensible. Similarly,
by experimenting with the visibility of the Othered body Katsura reoriented
aesthetic-political sensibility and opened up a space for a wider discourse
on gender and race in Japan.

本発表では、桂ゆき(1913-1991)の作品を考察する。桂は、その作品にて、戦時期における自己犠牲、アメリカによるブラボー核実験、同性愛者の描写、あるいは日本における女性の地位など、論争の的となるテーマを表現し、政治的抵抗を実践した。本発表では、1930年代から1960年代にかけて制作された絵画作品や、60年代に『朝日ジャーナル』で連載されたジェイムズ・ボールドウィンの小説『もう一つの国』の挿画に焦点を当てる。桂の作品は、戦後日本を席巻した抽象表現主義やアクション・アートの持つ過剰に男性的な誇張表現を避け、遊び心と奇妙にも映る斬新な表現方法を通して、力強い政治的批判を内包した。

桂は、身体の可視性と不可視性を模索することにより、ジャック・ランシエールの言うところの「ディセンサス」を実行したと言える。ランシエールによれば、真の芸術や政治は、目に見えるものと目に見えないものの間に新しい関係性を築くことにより、固定の場より身体を解放し、感性的なものの「自然な」状態より断絶するという。桂の作品も同様に、他者化された身体の可視性を模索することにより、美学的・政治的感性に新たな方向性を与え、日本におけるジェンダーと人種の言説の可能性を拡張した。

ナミコ・クニモト(オハイオ州立大学 美術史学部助教授)専門は、日本近現代美術史。現在、国際交流基金研究員。主要論文に、“Shiraga Kazuo: The Hero and Concrete Violence”(Art
History February 2013)、“Tanaka Atsuko’s Electric Dress and the Circuits
of Subjectivity” (The Art Bulletin September 2013)、The Stakesof Exposure:
Anxious Bodies in Postwar Japanese Art (the University of Minnesota Press,
2017年刊行予定)。

語りだす絵巻─「粉河寺縁起絵巻」「信貴山縁起絵巻」「掃墨物語絵巻」論
亀井若菜

昨年6月に刊行した拙著『語りだす絵巻─「粉河寺縁起絵巻」「信貴山縁起絵巻」「掃墨物語絵巻」論』においては、3つの絵巻を取り上げ、それぞれの絵の表現を丁寧に見、図像学的手法も用いて、各絵巻にどのような意味が込められているのかを考えていった。3つの作品の制作事情は不明であるものの、誰が何のために作り、どのような場でその作品が見られたと想定するならば、絵の表現が意味のあるものとなるのかを追及した。
その考察の際には、まず女性の表現に注目した。家父長制社会の中で、女性は、基本的には劣位に位置づけられながらも子を産むなどの重要な役割を持っているため、男性に都合のいい形で、「美─醜」「若─老」「健康─病」などといった両極の間で価値づけられ、表象されるに際しても、その変数の間を揺れ動く。そのような女性像は、女性そのものを表すだけでなく、自分の側に置きたいもの、敵対するもの、劣位に置きたいものなどのメタファーとしても表現される。そのため、絵の中の女性表象は、その絵の制作者や観者の置かれていた状況─何に価値を置き、何に敵対し、何を劣位に置きたい状況にあったかなど─や、その状況における考え方や価値観をあぶり出すものともなっている。
「粉河寺縁起絵巻」を見るならば、この絵巻では若い女性が「病」にかかった「醜い」姿で表現されている。「病」であっても「美しく」描かれる女性像が多い中で、この表現は特異である。この絵巻は、これまでは、平安時代に後白河院が制作したものと考えられてきた。しかし、鎌倉時代に粉河寺が領域争いで敵対していた高野山のメタファーとしてその女性を「病」の「醜い」姿で描いたと考えると、絵巻の中の他の様々な表現も一貫した意味をもって読み解けるものとなる。
一方「信貴山縁起絵巻」では、「老齢」の女性がある種の「美しさ」をもって表され、聖なる山に登る。聖なる山は女人禁制であったはずであるのだが、この女性は信貴山に到達する。それを違和感なく見せるためであるのか、この絵巻では、この女性やその山に住む男性の聖(ひじり)に仙人的な性格を付し、女性が山に登る姿に往生する姿を重ねて表現していると考えられる。そのように表現することによって、生身の女性が聖なる山に到達したようには見えないようになっている。この絵巻では、現世のジェンダー規範を逸脱するような女性の行動を、「老齢」の「美しい」女性に託し、様々な工夫を凝らして表現し、信貴山上に現世の規範を超えたある種の理想郷を現出させていると考えられる。
発表では、「粉河寺縁起絵巻」「信貴山縁起絵巻」を中心に、女性表象から見えてくるものを、絵巻全体の表現との関係性の中で考えていきたい。